Impacted wisdom tooth

 7月2日、ミネソタ晴れ

 気持ちの良い天気が続くミネソタ

 今朝はなんだか気が重い。起きるのさえやな感じだった。

 それはThird molar(wisdom tooth、親知らず)の抜歯の話を聞くために歯科に行く予定があったからだった。

 まあいい年してひきこもるわけにもいかないのでいつも通り出勤し、オフィスに入る。すると印度人の同僚が”昨日の歯の治療はどうでした?大丈夫ですか?”と聞いてきた。

 ”昨日は別の歯科医に会って話を聞いたんだけど、ちょっと問題があってね、親知らずをまず抜かないとクラウンを被せられないってさ。抜歯も結構な費用が掛かるんだよねアメリカでは。”と簡単に説明した。

 すると彼も研究者の端くれ、非常に興味があったようで詳細を教えて欲しいというので細かく説明した。なぜ欠けた歯を治すためにその隣の親知らずを抜かないといけないかを。

 さて、そんな話をしていると気がついたら1時間が経過していた。どうしてもアメリカに住んでいると研究の話や世間話に花が咲き、気がついたら1時間ぐらい話し込んでいたなんてことが良くあるんだ。

 パソコンを立ち上げ、3枚のモニターを使用していつも通り仕事を始めた。

 いつも昼間、デスクワークをしているときはオフィスのドアを開けている。もしもとても集中したくて邪魔をされたくないときは閉めておくのだけれど、今日はそんな気分じゃなかった。

 すると、同僚たちが代わる代わる私のオフィスに来ては歯の調子はどうだとか、週末は花火を見に行くのかとか世間話をしにくる。そして正直言ってやる気が全くなかったので彼らとの世間話に花を咲かせていた。昼前になり同僚の一人が花束を持ってやってきた。その花は私のために買ってきたんだと初めは言っていたがそれは冗談で、近くでファーマーズマーケットがあってそこで買ってきたそうな、奥さんの誕生日プレゼントのために。

 そして昼過ぎになり、さらに同僚がやってきて世間話を続ける。

 彼はアメリカ人なのでアメリカの小学生の夏休みはどうして3か月なんて長期間なのかって話をしていた。彼の説によると昔は夏から秋にかけては穀物の収穫の季節でその間、子供たちも親を手伝う必要があったから夏には3か月なんて長期間の休みがあるらしい。しかし、今は機械化が進んでいるのでその必要もないんだ。そこで、彼は小学生の時に夏休みに何をしていたのか聞いてみると、ボーイスカウトのキャンプにいったり、ピアノレッスンを受けたり、吹奏楽の教室に行ったり、サッカーの教室に行っていたらしい。

 そう、アメリカではボーイスカウトが非常に盛んでいくつかの階級が設けられており、その階級を上げていくには結構な努力が必要で、イーグルと言われる階級で業績を残すことは子供たちにとってとても名誉なことらしい。

 うちの娘たちもこの長期の夏休みに退屈していたので先日妻がテニススクールの申し込みをしてくれていた。

 彼との話を終えると歯医者の予約の時間が来たのでオフィスを後にして歩いて歯医者に行った。

 予約した時間よりも20分早く着いたがすぐに案内されてthird molar removalというタイトルのつけられた映像を見せられた。これは親知らずの抜歯の方法、必要性、合併症をまとめたビデオで日本だったら歯医者が説明するような内容をビデオを見せて済ませようってことだった。いつも思うのだけれど、たとえばテレビとかでニュースを見ていると結構わからない単語や言い回しが出てくるけれど、このような医療関係の話は100%理解できる。不思議なものだ。

 そのビデオを見終わり、診察室に移動すると、抜歯を担当する歯科医が登場した。ちなみに、歯科医なのだけれどsurgeonと呼ばれていた。日本でいう所の口腔外科医ってところかな。

 彼とのあいさつを済ませ、レントゲン写真を見て口腔内の診察をし、抜歯の説明を受けた。

 日本では親知らずってのは何か問題を起こさない限りは放置することが一般的だ。だけれど、アメリカは違う。同僚たちも言っていたけれど、大学生になる前に抜いてしまうのが普通なんだ。例えば正しい方向に生えてきそうなら放置するけれど、半年ごとに歯科検診を受けレントゲンを撮り今後問題が起きそうな状態だったらさっさと親知らずを抜くそうな。

 今日もこの歯科医に、”あなたは何歳ですか?” と聞かれたので年を答えた。”親知らずは18歳に抜くのが一番いいのですよ。少なくとも24歳になるまでにね。それ以降になると抜歯によって神経を損傷するリスクが高くなってしまうんです。だからあなたの場合は神経を損傷するリスクが高いです。”

 ・・・・・・・・・・・・、あーそうさ、俺はそんなに若くないさ。

 どうするか判断するために必要なことは”神経損傷の発生率”である。

 ”どのぐらいの確率で起こるんだい。たとえば20%とかそれよりも高くて50%とかだったら、抜歯はしない。それよりも低くて1,2%ぐらいなら受けるよ” と私が言うと、その歯科医は ”分かりません。例えば、18歳から24歳の人の場合は1%以下と言われていますが、あなたの年齢の場合の発生率は覚えていません。よかったら調べてきましょうか。” と言った。

 それ以外にもかなり細かい質問をすると、やはりこの歯科医も不思議そうな表情をするので、自分が外科医であることを伝えると、突然笑顔になり、専門用語を交えて詳細に答えてくれた。

 自分でも親知らずの抜歯ができそうなぐらい詳細まで聞いたので満足してその歯科医に謝意を述べ診察室を後にした。

 次に行くのはどこか知っているかい?

 受付に行って治療費の見積もりをしてもらうんだよ、アメリカでは。なんつったって日本の7-10倍の費用が掛かるんだ。

 見積金額の発表です。総額、410~481ドルなり。まだ保険でカバーされる状態なのでこれの20%が自己負担。

 局所麻酔で5-10分の手技でこの金額・・・・・・・・。この抜歯を受けるとこれまでの歯科治療費の総額が1500ドルに達するので、それ以降のbuild upおよびクラウンは全て自腹・・・・・・。ちなみにbuild upとクラウンで見積額約1000ドル・・・・・・・・。簡単に計算して、この欠けた歯を治療するために自ら負担する金額は総額1300ドル・・・・・・・・。

 恐るべしアメリカ。

 さて、オフィスに戻る。すると同僚も気にしていてどうだったと尋ねてくる。そして私(日本人)、印度人、アメリカ人の同僚で話が始まった。

 印度人の彼は非常に親身になって話を聞く。印度人の習性として、”困っている人を助けるのは当然、困っていたら助けてもらうのが当然” というのがある。今どきの日本人とは正反対だ。

 まず、異常に高いアメリカの治療費の話をした。アメリカ人はそれが当たり前だと思っているので発言が少ないが、母国の治療費と比較して数倍も高いアメリカの治療費に強い不快感を感じている私と印度人の彼は饒舌だった。とくに印度人の彼はこう言っていた。

 ”アメリカはキャピタリズムに汚染された愚か者が支配する国だ” と

 その昔、キャピタリズム(資本主義)の定義をカール・マルクスはこう言ったんだ。

 「生産手段が少数の資本家に集中し、一方で自分の労働力を売るしか生活手段がない多数の労働者が存在する生産様式」

 印度人の彼の饒舌はまだ続く。

 ”日本やその他諸外国は医療福祉制度を手厚くして貧しい人たち病める人たちを助けその結果、強い国家となった。しかし、アメリカは強い国家だったはずなのに、医療福祉をキャピタリズムで汚染させ、病や貧困で困っている人たちを見殺しにしているんだ。マイケル・ムーアの”シッコ”を見たかい?、”キャピタリズム”を見たかい? キャピタリズムなんて最低の考え方だよ。困っている人たちは救済されることもなく、見殺しじゃないか!!”

 まだ続く。

 ”ちょっと前の話だけれど、オフィスから外を見ていたんだ。すると大きなカバンを持ち、手首にはタグ(入院患者の識別のためにつけるもの)をつけられた年寄りの女性が、よたよたと歩いて病院のほうから歩いてきたんだ。全財産を持ち歩いているって感じだったよ。すると、突然彼女は荷物を道路に放り投げ、病院をむいて指をさし、何か大声で叫び続けているんだ。たぶん、お金が払えなくて病院を追い出されたのではないかと思う。これがアメリカだよ。”

 さて、キャピタリズムの話はとりあえず打ち切りにして、親知らずの抜歯について彼と調べ始めた。

 参考にしたのがこのサイト。


 私のような素人にも分かりやすく書いてあるので、とても参考になった。 このサイトの中で神経損傷についての記載があるのはこちら

 まあ年齢とか親知らずの状態によってリスクに幅はあるだろうが、こんなところだろう。

 さて、今週末、のんびり考えよう。


 今日思ったのは同僚ってのはいいもんだなってこと。普段は不愉快に思うこともある、頼りなく思うこともある、でも、こういう時に相談に乗ってくれどうするべきか一緒に考えてくれる同僚たちってのは、ほんとありがたいよ。

 それとね、資本主義を医療には導入しちゃいけないってことかな。アメリカみたいに。日本は資本主義の国だと思っているかい? そう、ほとんどの業界では資本主義にかたよった状態だろう。でもね、日本の医療の世界は完全なる社会主義の理念に基づいて動いているんだ。国が医療費を決め、なるべく医療費を低く抑えて患者が医療を受けやすくしている、それとともに税金の節約をしているんだ。それはとても素晴らしいことなんだ。でもね極端すぎるんだよ、どっちも。アメリカも日本も。アメリカは医療費が高すぎて患者が苦しんでいる。日本は医療費が安すぎて医療関係者が苦しんでいるんだ。特に外科医や産婦人科医、小児科医、麻酔科医といった労力とリスクにはとても見合わないような激安の診療報酬しか与えられない人たちはね。

 そう、三女の出生予定日が近づいたときのことを思い出したよ。

 ある人がこう言ったんだ。”日本では妊婦の受け入れ拒否なんてことが起きているみたいですね。アメリカはそんなこと絶対にありませんよ。だから心配しないでくださいね。何かあればこの番号に電話してください。すぐに適切な対応をしますよ。受け入れを断るなんてことは絶対にありませんよ。日本みたいにね。” ってね。

 なんでか分かるかい?