会議に明け暮れた日

 9月10日、ミネソタ曇りのち雨

 最高気温21℃、最低気温14℃。

 朝は曇りで夕方から雨。ただし、降り続くような雨ではなく、時々小雨が降る程度。

 今日は、のんびりとデスクワークをする予定にしていた。当然、やりたいことはたくさんありデスクワークの時間がいくらあっても足りない。

 しかし、昨夜、同僚から ”Urgent!!”とタイトルのつけられたメールが届いた。

 なんだろう??? と思ってみると、実験の最終段階で問題(異常値)が発生し、その理由を検討するように大ボスからお達しがあったらしい。

 あー、そう、明日の朝から会議ね。もう寝よ・・・・、と思ったが気になって仕方がない・・・・。結局、夜中、データベースを分析してしまった・・・・・。実は、実験のデータ(各種試薬の種類、試薬の濃度、温度、圧力、作業開始時刻、終了時刻、などなど、40項目以上)を個人的な仕事ではあるがすべてExcelに打ち込んでいる。
 自分が中心となりこの実験の”前半部分”をしているわけで、これまで何ら問題なく実験をこなしていると思っていたがあまりにも、その異常値が尋常ではなかったので、これは自分のことを見つめなおすいい機会だと思いすべての行程を統計学的に分析した・・・・・。
 結局、時間の無駄だった。いや、無駄ではなかったと言うべきか。結局、何ら問題は見当たらず、常に安定したパフォーマンスを発揮していることがよくわかった。これもよい同僚たちに恵まれているからだと思う。まず、この問題の原因は実験の”後半部分”にあるに違いない。p-valueがそう言ってくれているんだから。
 と、満足して寝た。


 そんなわけで、今日は朝から会議。

 会議の冒頭から、大ボスからの講義が始まった。

 ”このような大きな組織において発生している問題を解決するには” という一般論。

 チェックリストを作成し、さらに仕事に参加する全員で情報を共有する。こうすることで追加の出費を必要とせずに、問題を同定、解決し、さらに問題の発生率を下げることができるという話をしてくれた。

 ずいぶん昔の話だが、アメリカのとある超有名病院の集中治療室では中心静脈栄養カテーテルの感染で20%の人が死んでいたそうな・・・・・。

 ちょっと信じられないぐらいの高い発生率だが、昔はそうだったとのこと。

 そしてその問題を解決するために、とある有名な医者が立ち上がった。

 中心静脈栄養カテーテルの挿入手技を調べていったところ、30%の確率で手順が順守されていなかった。

 その手順を見直し、重要性を医療スタッフに説明し順守させ、さらにチェックリストを作らせることで感染の発生率を激減させることに成功したのだった。

 また、手術に関連して発生する医原性の合併症を減らすには、治療に参加するスタッフ全員が一堂に会し患者の情報を共有することが有用である。


 それ以外にも沢山、ためになる話をしてくれた。まるで私は先生の話を聞いている生徒みたいだった。

 今日話してくれた話はいくつかの本の内容を、ごっちゃまぜにして話してくれたもので、その本をいくつか持ってきてくれていた。

 そのうちの一つを紹介しておくので、興味のある方は読んでみてください。特に外科医、麻酔科医の人はぜひ。って私もまだ読んでないけどね。


 ちなみにこの本の著者、Atul Gawandeアメリカの外科医であり公衆衛生にもかかわっている。この人に関するリンクを参考までにいくつか。というか、自分のためのメモ代わりなんだが。




 大ボスは、”要はね、お金をかけなくてもこの手の問題は解決できるってことなんだよ” と同僚たちの笑いを誘っていた。


 そして、大ボスが他の用事で退席したのち、会議開始。

 いつものことだが、印度人の中ボスと若い研究者が熱論をすぐに開始し、アメリカ人の研究者たちもそれに巻き込まれていく・・・・。

 知らない人が見ていたら、たぶん、熱い人たちだなーと思うかもしれないが、私は5分で我慢の限界を超えた・・・・。

 我慢しきれず出た言葉・・・・・。

 ”あのさ、このままそうやって話を続ける気かい? 何のデータの分析もせずに、自分の記憶とフィーリングのみに頼ってこの会議を終える気かい? そうしたらどうなる? この会議は全く無価値なものになるよ。センスレスだ。話をしつつデータをまとめデータシートにして統計学的に分析するんだよ!! だから今まで話したことを、要約してこのホワイトボードに書いてくれ!!!”

 それまで熱論に参加していた全員が静まり返り・・・・、私と同じようにデータベースを構築しDesign of Experimentsを使いこなしていてそれまでその熱論に参加せずに黙って聞いていた同僚が、私を見て深くうなずいた。

 それまで大声で話をしていた印度人勢も小さな落ち着いた声で話を再開した。

 ちょっと、言い方が過激すぎたな、と私も反省した。

 先ほど紹介した本の著者は印度人の移民でアメリカ生まれなんだが・・・・、同じ印度人の血が流れている人物でもいろんな人がいるんだなと考えさせられる今日この頃。


 さて会議の話に戻る。

 発言する人は、ホワイトボードに考察するべき項目を書き、そして実際のデータを書いていく。それをアメリカ人の同僚が、Excelに打ち込んでいく。

 こんな作業は一人でしたほうがよっぽど早い!!! と思ってしまうが、重要なのはスタッフ全員で情報を共有し考えることだとの大ボスの教えが、この時の私のいらだつ気持ちを沈めてくれた。

 実のところ、えらそうに”ホワイトボードに書けよ!”なんて言った理由の半分は、英語力がまだ貫壁ではなく1割ぐらい話の内容を聞き漏らしてしまうからなんだけどね。

 さて、昼食の休憩時間30分をとったのち、昼を過ぎても熱論は続く。

 そして午後5時を過ぎた・・・・。

 でも、いくつか問題の原因となっている可能性がある項目(いくつかの試薬の製造メーカーおよびロット差など)を見つけることができた。そしてそれを検討するための別の実験をすべし、との結論で会議を終えた。たかがserumされどserumである。

 会議の最後に、

 ””数年後、数十年後の研究者たちが、”なんでこんな簡単なことが昔の人はできずに困ってたんだろうね”、って思う時代が来るようにいま私たちが頑張ってるんだよ。””って話をしてみんなで笑って解散した。


 アメリカでは金曜日は適当に仕事をして昼過ぎには帰っちゃうような雰囲気がある。

 しかし、今日は朝から熱論が続いた。

 ま ん ぞ く し ま し た。

 最近、統計学にどっぷりとはまり、データを分析しているのだが、統計学ってのは自分の仮説を裏付けてくれるし、自分では気が付かなかったことを教えてくれるけど万能ではないなって思う。結局のところ、イノベーション統計学だけでは生まれにくいのではないかと思う。特にこの生命科学の分野では。


 さて、明日は土曜日。みなさん、Have a nice weekend!!