くび

 そう、実はこの同僚のうち2名が今月で退職することになっている。

 ミネソタ大学は危機的な財政難に陥っており2009年からその対策を過激に行っている。

 そして、私の研究所の他の部署の人がどんどん首を切られ、そしてとうとうこの部署にもその波が押し寄せた。

 今回、首を切られることになった同僚は二人ともとてもいい人だった。全く文句や不平を言わず、他人の批判をせず沢山の仕事を引き受けそれをこなしていた。しかし、その大量の仕事をこなすために時間外労働が増え、他の適当にやっているスタッフと比較して支払い賃金が多くなってしまっていた。

 同僚たちの中でなぜ彼らが選ばれ首になるのか。それにはいくつかの理由がある。

 時間外労働が多いことの理由を他の同僚の何人かが ”彼は仕事が遅い” と吹聴して回ったのだ。

 これは確かに正しい。しかし、仕事がゆっくりだがその内容は確実で信頼できるものだった。そして、他人がしたがらない仕事も素直に引き受け続けて処理するべき仕事量が膨大になっていた。まるで日本人みたいだ。

 その”仕事が遅い”と吹聴していたのは若いアメリカ人研究者と若い印度人研究者だが、彼らは仕事は早いが内容がお粗末で、たとえば写真を撮るように頼んでも、”撮っておきました!!!” と言ってその写真のデータをくれるのだが、使い物にならないようなものばかりだった・・・。一方、今回首になってしまう同僚に頼むと、ちゃんと奇麗な写真を撮ってくれていた。私はそのいい仕事をしてくれていた今回首になる同僚のことを高く評価していたし、信頼していた。彼は今後、栄養士になるために学校に通うらしい。

 そして”仕事が遅い”と吹聴していた同僚達の目的は、自分がfireの対象になるのを避けることだ。そんな彼らも決して悪い奴らじゃない。生きていくためには当然のことだよ、アメリカでは。

 アメリカは弱肉強食の世界。たとえ本当はいい仕事をしていても、それを強くアピールできなければ首にされてしまう。そして、管理職の連中も、実際の仕事ぶりは確認せずにその吹聴して回る奴らのことを信じてしまう。

 本当に、アメリカってのはしゃべってなんぼである。

 以前も書いたが、”沈黙は金、雄弁は銀” ではない。

 たとえ実務能力が無くてもほらを吹きまくるだけでそのポジションを維持しさらに上に昇って行っている人が沢山いる。

 アメリカでは沈黙は金ではないことを知った頃から、私も積極的に会議に参加し、自分の仮説や実証したデータを示し、それを雄弁に語るようにしていた。そうでなければ、”あいつはなにもしていない” と吹聴されかねないからだ。

 先日もかなりの量のデータを解析してそれをプレゼンにして会議で示していた。

 そのスライド一枚ごとに、大ボスが突っ込んでくれる。

 ”このデータ分析はとてもすばらしくて興味深いが、これを補強するためにはこんなデータ解析も必要だね” と言う。

 私は、待ってましたー!!! と思い、しゃべり続ける大ボスをうまくさえぎり次のスライドを示した。

 それは大ボスがしたほうが良いというデータの解析がすでに行われ結論が導き出されていることを示すものだった。

 そして、次のスライドを見せると再び同じようなことを大ボスが言う。

 さらに次のスライドには、大ボスが提案したデータ解析の結果が示されていた。

 こんなことがその日、3回続いた。もう、そのたびにくすくす笑う同僚や、ため息をつきながら感心する同僚たち。そしてどんどん青ざめていく中ボス。

 大ボスの突っ込みは大抵正論なので、こちらも一緒に仕事がしやすかった。そして2年間一緒に仕事をするうちに彼の考えることが大腿分かるようになった。”本物”と仕事をするのは案外楽なんだ。


 この弱肉強食のえげつない世界、日本の文化とはかなり違うように思う。

 ぜひ、日本人、特に若い人たちは海外で一度でいいから闘ってみて欲しいと思う。

 その為には、強い勇気とアグレッシブな姿勢と強欲さが必要だよ。もちろん知識と技術と考察力は大前提だ (いや、技術は無くてもいいかもしれない、アメリカに来てからあっという間に身につければいいんだ。日本人ならそれができる!)。

 でなければ、発展途上国からきた強欲な奴らには勝てないよ。そして、現地人からの信頼を得ることも難しいだろうね。