未知の領域
8月9日、晴れ
昨日、通常業務が終わった後にとある疾患の緊急手術をしていた。
私が執刀で、第1助手は若手の外科医、第2助手は1年目の研修医。
簡単な手術ではなかった。
腹腔鏡下での手術だが、場合によっては輸血が必要になるほど出血する場合があるような手術で、状況によっては通常の開腹手術に切り替えなければならないほど状態は良くなかった。
緊急での手術ではあったが、初期対応してくれた消化器内科の先生はCTとエコーをしてくれていて、画像も揃った状態であった。贅沢を言えば、MRCPも欲しいがそれは贅沢だろう。
若き外科医はしっかりと働いてくれて、順調に手術が進んでいく。
研修医に腹腔鏡を持ってもらっていたが、彼も外科の研修で複数回、腹腔鏡を持った事があったのと才能があるのだろう。良いカメラワークだった。時々、”どこみせてんだよ!” と言ったが。
後輩達と手術をする場合、先輩と手術をする場合とでは少々やり方が異なる。
後輩達と手術をする場合は、石橋を叩くような手術を心がけている。
そう、後輩達が慌てふためくような事態にしてはならない。
そして、手術は予定通りに終了した。出血量も100mlだった。
ただ、この出血量100ml。悪くない量ではあるが。
実はもっと減らせないかと悩んでいる。
私 ”なあ、出血を減らす為にもっといい方法無いかなっていつも思うんだけど。良いアイデアない?”
若き外科医 ”そうですねー、どうでしょうねー”
私 ”良いアイデアあったら教えてよ。”
若き外科医 ”うーん”
それは壊疽性胆嚢炎の肝床部の剥離方法である。
腐り始めた肝床部にある激しい血流。
普通に電気メスで切ったらビューッと血が吹きだしてなかなか止められない。
腹腔鏡下手術の止血の基本は圧迫止血であるが、圧迫がしにくい場合、血がだらだらと出るし、止血を待つ時間だけ手術が長引く。
もちろん、圧迫止血が有効な時もあり、状況によってはそうする事もある。
ハーモニック等の超音波凝固切開装置で血管がありそうな部位をシーリングして切離しようとしても腐り始めている組織はシーリングできず、血がわーっと沸き始める。
そこで、最近多用しているのが、吸引送水管(先端に金属部分があり、電気メスによる焼灼が出来る)を使って肝床部を剥離しつつ、出血したらそこに吸引送水管の先端をあてて圧迫止血しつつ、通電してじんわりと焼灼止血する方法である。
これまでいろいろな方法を試したが、今の所これがベストだと思う。
出血して血がたまっていると通電しても止血に十分なジュール熱が発生しない。そんな時は吸引して血液を除去しつつ通電すると非常にうまく焼灼出来る。
この吸引機能と焼灼機能が備わった吸引送水管。
I love it.
実はこの方法は自分で考案したわけではない。先輩外科医が同様の手術でこの方法で肝床部の剥離を行っているのを見て、これ良いなって思ってまねをしているだけである。
無事、手術を終えて深夜、病棟に戻った患者さんが静かに一言。
”先生、おおきに”
”こちらこそ、今日来てくださって良かったですよ。明日だったらもっと大変な事になってましたよ。”
そうこうしていると、病院を出て帰路についたのが深夜0時。
そう、あの激坂をロードバイクで登って家に着き、晩ご飯を食べて寝たのが2時。
今朝、朝7時に起きてロードバイクで出勤。
かなり眠くて倦怠感も強かった。なので、のんびり行こうと思っていたが・・・。
ここから未知の領域が待っていた。
激坂を下って平坦路を安全運転しながらのんびり走っていたら、500mほど前方に見えた背中。
!!!!! この間、俺を凄い速度で追い抜いていった人だ!!!
と、認識した瞬間、全開加速。40km/h。
そして、追いついた。
後ろについてギアを変えた瞬間、彼は振り向いた。
そして、そのスプリンター体型の彼は凄い速度で加速し始めた。
私もついていく。
何度か彼が振り向く。そして私をみる度さらに加速していく。
50km/h!!!!!
ドラフティング出来なければ千切れてしまう。でも、交通量の多い道路で50km/h。距離を近づけすぎると危険。なので3mぐらいの距離を置いて食らいついていった。
3mでドラフト? って思うかもしれませんが、結構効果あります。
この状態で約2kmを走りきり、信号で停車した。
彼は振り向いた。
そしてお互いニコーッと笑って、”おはようございます” と言った。
この速度でこの距離を引っ張り続ける彼の脚力。すてきだ。
そのおかげで今日は未知の領域を体験した。
でも、病院に着いた時。
もう、帰りたかった。
そう、寝不足と過度な運動で・・・。
でも、帰るわけも無く、朝から執刀、午後から外来。
朝から執刀で、午後から外来ってどれほどのプレッシャーかわかりますか?
一日が終わり、今日も仕事が予定通りこなせて良かったと思った。
ちなみに今日の手術では必要充分な切除領域を確保する為に自分で考案したとある方法を用いていた。この方法。もう誰かがしているかもしれないけれど、誰もしていなければarmada procedureと名付けたい。
そう、患者の利益の為、我々は生きる。
その為に先輩後輩の垣根無く、意見を求め、良いと思った方法は取り入れ、そして自ら考え新しいやり方を考案する。それが、本来あるべき外科医の姿だと思う。
いろんな医者がいる。
私の目的は患者を救う事、病気を治す事。その為に医者をしている。
一方で、その逆だなって思う若手もいる。
医者でありたいから患者を診てるってのが。
幸いうちの外科の若手にはそういう人はいません。