「当直医も通常業務」

 11月16日、ミネソタ曇り、時々雪

 さて、いつもどおり日本のニュースを読んでいたら以下の記事を見つけた。

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「当直医も通常業務」 大阪高裁も労働時間認定 産科医の当直賃金訴訟

産経新聞 11月16日(火)18時30分配信
 病院の当直勤務を時間外労働と認めず、一律の宿直手当しか支給しないのは不当として、奈良県奈良病院奈良市)の男性産科医2人が、県に平成16~17年の時間外手当(割増賃金)の支払いなどを求めた訴訟の控訴審判決で、大阪高裁(紙浦健二裁判長)は16日、県に計約1500万円の支払いを命じた1審奈良地裁判決を支持、「当直勤務の全体が労働時間に当たる」として双方の控訴を棄却した。

 原告側代理人によると、医師の当直全般を労働時間と認めた判決は高裁では初めて。多くの公立病院では、業務の一部にしか時間外手当が支給されておらず、1審に続いて労働環境の見直しを迫る司法判断となった。

 判決で紙浦裁判長は、奈良病院で行われた16~17年中の分娩(ぶんべん)のうち、6割以上が当直時間帯だったと指摘。周辺の産科医不足から同病院に患者が集中し、土・日曜の当直を続けて担当すると、56時間拘束される場合もあったと述べた。

 こうした過酷な労働実態を踏まえ、割増賃金を支払う必要がない「断続的労働」には当たらないと判示。待機中であっても病院の指揮命令下にある労働時間にあたり、「当直全体で、割増賃金を支払う義務がある」と結論づけた。

 一方、救急搬送に備えて自宅待機する「宅直勤務」を時間外労働と認めるよう求めた原告側の主張については「医師らの自主的取り組みで、労働時間には当たらない」と退けたが、「現状のままでいいのか、十分検討すべきだ」と付言し、県知事や議会に実態調査と体制の見直しを促した。

 判決によると、奈良病院産婦人科では、夜間や休日の当直を1人で担当。産科医2人は16~17年に、それぞれ約210回の当直についた。手術を含めた分娩への対処に追われ、通常勤務より負担感が重かったが、1回2万円の宿直手当しか支給されなかった。

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 2年間で約210回の当直!!

 3.4日に1回の当直。良くがんばられました。まずそれが言いたい。

 被告側の奈良県は「待機時間が多く、労働密度が薄い」と当直業務は時間外勤務には当たらないと主張していたそうで・・・・・・。

 完全に産婦人科医の夜間休日の業務を馬鹿にしてますな。

 この”当直”の労働基準法による定義を以前調べたことがあったが、”医師たちが行っている当直”はいわゆる労働基準法で定義されている当直には当たらないことは明白である。

 それがやっと、高裁で認められたとは・・・・・・。遅すぎる、と思うし、産婦人科医たちの我慢の限界を超えてしまったのが今の日本の医療界の現状だと思う。

 それと、宅直。これはオンコールとか待機なんて言葉で呼ばれているが、これに関しても当然、労働基準法から言えば賃金を払わないといけないことは明白なのに。

 医師たちの宅直の現状を一般の人はあまり知らないだろう。

 例えば、当直を内科医がしていて、手術が必要な患者が来たら宅直の外科医は問答無用で出勤し手術を行う。

 産婦人科医で言えば、緊急のお産や帝王切開などの手術があれば呼び出しがあり仕事をするわけだ。

 普通の仕事と違うのは、人の命がかかっているということ。

 なので、夜間休日であっても携帯電話を肌身離さず身につけ、行動範囲は病院の周囲のみ、飲酒も控え病院から電話がかかってきたら急いで病院にいくわけだ。

 これがいかに異常な生活か想像がつきますか?

 つねに病院からの呼び出しを意識しながら過ごす、夜間休日。

 週末にちょっと出かけようなんてときも病院に30分以内程度で帰れる範囲内での行動。

 つねに、見えない鎖で病院とこの体がつながっているような感覚。

 でもね、いいんですよ。それが自分の人生だと割り切ってましたからね。

 しかし、アメリカで暮らしてみると自分の日本での生活がいかに異質で異常であったかに気がついてしまったわけです。

 休みの日はちゃんと休める。バケーションも当然のように取れる。それがアメリカの医療界。

 仕事もしっかりとし、給料も沢山、休暇も沢山。当然、家族との私生活を充実させられるわけです。


 さて、話がそれていきそうですが。

 今回の高裁の宅直に対しての判決。

 「医師らの自主的取り組みで、労働時間には当たらない」

 これは裁判官の苦肉の判決だと思うわけです。もしも、宅直に対しての賃金の支払いを高裁が認めたら。本来認めるべきことですが。大量の未払い賃金が全国の病院で発生し、そしてこれからも宅直をしている医師に賃金を支払うとなると、ほとんどの病院が破綻するわけです。

 なので、自主的取り組みなので労働時間にはあたらないと判決を出したんだろうと思います。

 え?? 自主的? そりゃそうさ、呼び出しに応じ、同僚を助け患者の治療に当たらなければ成立しないようになっているのが日本の病院なんだから。


 ここで、例を挙げてみましょう。

 当直外科医 ”もし、もし、アルマダ先生。休日のところ申し訳ありません。今、パンペリ(汎発性腹膜炎)の患者が来ていて、あと30分で(手術室に)入室できるので(手術の手洗い)よろしくお願いします”

 アルマダ外科医 ”了解、すぐいく”

 これが日本での当直医とその他の外科医との良くある会話。


 これが、もしもその”自主的取り組み”をしていなかったら。

 当直外科医 ”もし、もし、フォード先生。休日のところ申し訳ありません。今、パンペリの患者が来ていて、あと30分で(手術室に)入室できるので(手術の手洗い)よろしくお願いします”

 フォード外科医 ”え? なにいってんの? 今、高知県でサーフィンしてるんだけど。”

 当直外科医 ”え? 高知県ですか? なんだってそんな遠くに出かけているんですか? そんな話聞いてませんよ。”

 フォード外科医 ”だから何言ってんの? 休日に自分の趣味を楽しんで何が問題なの?”

 当直外科医 ”外科医だったら呼ばれたら来るのが常識じゃないですか!”

 フォード外科医 ”はあ? 何その常識、あー、宅直ってやつか? あのさ、業務命令もなく自主的にやってんだろおまえ。馬鹿じゃねえの? だからさ、俺はさ、自主的に休日を楽しんでるわけよ。なんか文句あるの?”

 当直外科医 ”もういです! 好きにしてください!!”

 フォード外科医 ”ああ好きにするよ、俺のサーフィン仲間も当然のように休日を楽しんでるんだからさ。医者だからってさ、休日にサーフィンに行くなって言われてもさ、納得できるわけないじゃん。だって、休日だろ!!!”


 ね、こんなことになるわけですよ。(注:当直外科医とフォード外科医の会話はフィクションです)

 もしもね、その自主的な取り組みをやめたら、日本の病院なんて成立しないんだよ。

 それを自主的だから労働時間にはあたらないって言われてしまうのなら、自主的にするのやめようかって話になりますよね。

 病院がちゃんと賃金を払うから宅直してくださいって言ってこなきゃ、宅直なんかするもんか、と。

 たぶん、今回の原告の産婦人科の先生たちも、この高裁の判決で半分救われ、半分裏切られたような気分になっていると思いますよ。

 善意が、誠意が、こうして国から裏切られてしまったわけだから。