日本の手術現場

 さて、医療に関しての記事を書いたのでつぶやき程度に、私が日本で外科医として働いていた頃のことをちょっと書いてみようと思う。


 基本的に、看護師は3交代で働いている。労働組合も強く、労働組合を全く持たぬ日本の医師よりもはるかに病院における政治力が強い。

 3交代で働いているので、休みのときに病院から呼び出されるなんてことも通常はない。

 しかし、3交代ではない看護師もいる。

 それが、手術場の看護師だ。いわゆるオペ看という立場の人たちだ。

 このオペ看、ぴんきりである。

 日本のとある田舎の中規模病院で働いていたとき、深夜に緊急手術をする必要があり、オペ看に電話をした。

 そして、手術の説明を患者と家族にして、手術のための検査を進める。

 そして、自分は手術場へと向かう。

 呼び出されたオペ看はすでに手術室の準備を整え、そして老練の麻酔科医も深夜なのにいつもどおりの笑顔で待っていてくれる。

 ”先生、どんだけかかります?” と麻酔科医に聞かれる。

 ”1時間です。” と私が答える。

 これは、麻酔のかけ具合(深度)を調節する上で、重要な会話である。

 オペ看は、”相変わらず、自信たっぷりで言うねー” と私を茶化す。

 このオペ看、実はデート中だったのだろう、それを切り上げて病院に来ていた。

 そして、彼女は私が最も信頼するオペ看だった。


 手術が始まる。

 たとえば、外科医は ”メッツェン(手術用の繊細なハサミ)” とか ”強弯ケリー糸付き” などとオペ看に言って、自分の欲しいものを術野(自分が手術操作を行っている臓器たち)から目を離さずに、手だけをオペ看に向かって差し出し、欲しい道具を受け取って手術を続けるわけだ。

 この時に、どれだけ早くその道具を外科医に手渡せるかでオペ看の能力が分かるわけだ。

 この日の、私が最も信頼していたオペ看はすごい。

 私が手を差し出した瞬間、何も言わなくても私の必要なものを全く間違うことなく、渡してくれる。

 たとえば、メッツェンバウムが欲しくて、手を伸ばし、”メ”と言った瞬間には私の手にバシ!!!とそのメッツェンバウムをたたきつけているわけだ。

 その時の手に伝わる刺激的な衝撃。たまらなく快感だった。

 たぶんだが、私はM、そのオペ看はSなんだろう・・・・・。

 結局のところ、何にも会話なんかしなくても手術は思いどおりに進む。

 これが、日本の手術室だ。アメリカ人外科医たちに見せてやりたいものだと常日頃から思っている。


 なぜ、そのオペ看がそんなことが出来るか。

 それは、私がその病院に赴任してからすぐに、”アルマダ先生の手術手順”をすべてメモを取り、彼女は私の行う手術の手順書を作成していたのだった。実際のところ、それを見せてもらったことがあり、自分でも気がついていなかったような詳細まで書かれていて驚かされた。手術の手順は何工程にも分かれているのだが、そのすべてを完璧に把握していたのだった。

 そう、私は、定期手術は毎回、全く同じ手順で手術を行っていた。

 これは非常に重要なことである。


 そんな優秀なオペ看と、自分の思い描いたとおりの手術が出来る。

 すばらしい。

 これから、アメリカの手術室に頻回に行くことになると思うが、彼らの立ち振る舞いはどうなんだろう。

 非常に楽しみだ。