苦悩の日々

 12月8日、ミネソタ、晴れ

 寒い、ついに今朝の出勤時の外気温計が華氏8度を示していた・・・・・・・・。


 今日は久しぶりに仕事の話をしよう。

 先週から実験結果が平均値をはるかに下回り始めた・・・・・・・。

 これまでだったら、なんでだーーー!!!!と大ボスから緊急会議の招集がかかっていたのだが、もう、そうはならない。

 なぜうまくいかないか、その原因が明白だからだ。

 そう、それは実験に使用する大動物の個体差、である。言い方を換えれば、期待値どおりの結果が得られただけなんだが・・・・・。


 日本にいた頃は、マウスやらラットやら、ほぼ均一な性質を持つ動物を使用して実験していた。その頃は、連戦連勝。100%に近い確率で実験が期待通り(きわめて標準偏差が小さい)に出来ていた。

 しかし、ここでは大動物を使う。

 その個体差を定量的に評価するのも私の仕事。明らかに、ここ2週間の個体は、よくない。その個体差の評価結果は日々、大ボスと主要な研究者に結果が出次第すぐにメール送信している。


 1年ほど前に、多岐にわたる実験工程の安定化”スタビライゼーション”を大ボスから依頼され、それまで測定していなかったことをかたっぱしから可能な限り測定し、定量化し、統計学的分析によってその個々の要因の至適値をはじき出し、それをプレゼンテーションにまとめて、ラボの同僚および大ボス(中ボスは無視)に提示する日々を続けていた。これでもかというほど仔細な操作に渡るまで定量化し分析しまくって、それをSOP(標準操作手順書)にした結果、実験がそれまで以上に非常に安定したものとなったのだった。私のしたことはまるで製造現場の管理責任者みたいなことである。うん?それってP.I.ってことか?まあ、それも研究者の仕事のひとつであると思っている。

 しかし、2ヶ月ほど前、若い印度人の研究者に任せていた工程で、彼が私がはじき出した至適値を下回る値でその工程を行ったことがあった。最初は、単純なミスだろうと思って見過ごそうと思ったが、それを3度続けたときに、彼を呼び出しこう聞いた。

 ”君はなぜ、あの工程をこの値でおこなったんだ? 私のはじき出した統計学的分析に基づく強力なエビデンスによって作成されたSOPを否定するような解析結果でも得られたのかい?”

 このときの私の表情は、普段のように笑ったりおどけたりはしていなかった。

 実のところ、この実験は個体差に大きく影響されるので、もしかしたら最近の個体に対しては、また違った至適値でもあることを彼が発見したのだろうかと内心ワクワクしていた。常に私は、自分の中には”常識”とか”絶対正しい”なんて考えは持たないようにしている。いや、例外があるか・・・・、それは”最も大切なのは家族である”という、絶対。

 しかし、彼はこういった、”すみません、至適値をなぜか勘違いしていました。次回からは必ず、その至適値を守ってその工程を行います。”

 かなりがっかりした・・・・・・・。彼なら私に知的興奮をもたらしてくれるかと期待していたのだったが・・・・・。


 さて、そんなこんなで、個体差がもたらした影響以外に平均値を下回る結果をもたらした要因が無いこと(把握できる限りではあるが)を大ボスも私も同僚たちも理解し、結局、今週のこの大動物を用いた実験は中止となった。次週は異なる集団からの大動物を使用する予定となったのだった。

 そう、この個体差に悩まされているということを、かなり前にクローン技術の専門家に相談したところ、”最良の個体のクローンを作ればいいじゃないですか。なんだったら、私がクローン作りましょうか?私だったら簡単に作れますよ。”と言われたので、そう、かなり前に大ボスに進言したが、あっさりと却下されてしまいました・・・・・・・。却下の理由は聞けませんでした・・・・・・・。

 でも、これで今週が暇になったわけではなかった・・・・・・・・・・。

 優先順位が低く、これまで行えていなかった実験を残りの日を用いてすることになった・・・・・・・・・・。

 あー、アメリカ・・・・・・、おー、この研究所・・・・・・・。

 どこまでも何があろうが、前へ前へ、である。

 まあ、そっちの実験もとても興味深いものなので非常に楽しみではある。