外科医のお仕事

 10月23日、晴れ時々、曇り、雨

 昨夜は当直だった。

 普段なら午後5時に当直業務が始まるのでそれまでに行けばよい。

 しかし、昼過ぎに後輩から電話がかかって来て、夕方から緊急手術をするかもしれないので、また具体的に決まったら連絡しますと。

 そうか、と思い、連絡を待っていたが全く連絡がない・・・・・。

 何かあったのか? と思って4時過ぎに出かけた。

 そして手術室に行ってみたら、すでに後輩は外科部長と緊急手術を始めていた。

 後輩が私に連絡するのを忘れていたのだった・・・。

 昔の私だったら激怒していただろう・・・・・。

 ”なんで、ちゃんと連絡せえへんねん!!! なんで忘れんじゃ!!! あほか!!! ぼけ!!!” と・・・。

 しかし、”おっさん”になってしまった私の心には、そんな怒りの気持ちは湧いてこない。

 むしろ、”すまんな・・・、そんだけ君も頑張ってんだよな・・・”、とだけ思うのだった。


 うちの若い衆は非常に努力家であり、献身的である。

 そう、私は後輩、先輩に恵まれている。


 そして、深夜に緊急手術を終えて、そのまま、当直業務を続けた。

 眠れない・・・・・。

 ずーっと救急外来で働く。

 ちょっと患者が途切れた合間に仮眠をとって、その仮眠の合計時間は2時間ぐらいだった。

 まあ、そんだけ仮眠がとれれば何とかなる。

 そして、研修医が一緒に当直をしてくれていた。

 彼への教育と、患者への診療を並行して行うのだが、これがまた楽しい。

 なぜか?

 彼が非常に優秀で謙虚だからだ。

 日本人としての美徳を備えている。

 無能なくせに口先だけは達者な印度人とは遺伝子が違う。


 そんな訳で、今朝当直が開けた。

 いつも一人で当直をやっている時は、朝になると疲労感に体も心も包まれるのだが、今朝は違った。

 彼と、当直を完遂した事に、満足感と喜びを感じた。

 そして、彼にこう言った。

 ”ありがとう、助かったよ。これからもよろしく。”


 さて、これで仕事が終わった訳ではない。

 いつも通り、病棟の入院患者の回診をする。


 先週末に隣の隣の街の病院の依頼で緊急手術をした患者が元気になって退院した。

 その人にこう言われた。

 ”ほんまに、有り難うございました。あのとき、かかりつけの病院で手術が出来ないと言われた時は、ああ、このまま死んでしまうんやろなと思ったんや。手術をしてくれる病院を先生が探してくれてな、でも、なかなか見つからへんかって・・・、もう死ぬんやなって覚悟したわ。そしたらOO病院(私の病院)が受け入れてくれるって先生が喜んで走って来てな。嬉しかったわ。もう、OO病院にすべてを任せようって思ったわ。そこからは良く覚えてないんや。救急車で高速を走ったような気がするし、先生(私)と話をした事は覚えてる、ような気がするなあ。でも、今こうして元気で生きてるんや。先生のおかげや。命を救ってくれた神様や。こんな話が出来るほど元気になったんやからなあ。”

 奥さんからも。

 ”先生が手術の前に、”まかせてくれ”っておっしゃってくださって、涙が出そうになるほど嬉しかったです。”

 お子さんからも。

 ”ほんま、先生に会えてよかったです。手術の前はどうなってしまうんやろう・・・、って不安でしょうがなかって、先生にも失礼なことを言ってしまって申し訳ありませんでした。ほんま、感謝してます。”


 外科医、冥利に尽きる。

 確かに厄介な状況(病態)だった。でも、どんな手術をすれば良いか、すぐにすべてのプランが頭に浮かんだので受け入れ可能である事を即答したのだった。

 ちなみに、緊急手術をする場合、術前に、プランA、プランB、プランCと最低でも3通りの筋書きを用意してから手術をするようにしている。

 たいてい若い外科医ってのは、一番安易なプランしか用意しない。

 そして、経験を積んだ外科医も、悪い事ばっかり考えて腰が引けてしまう人が少なく無い。

 引出しの多さ、これは外科医にとって最も重要な能力の一つである。

 緊急手術の場合、最も重要なのは患者の命を救う事。その為に我々外科医は生きている。

 ”鬼手仏心” である。

 研修医や、若い外科医達にも、手術の前にどんな手術をするか聞く。

 大抵、一つの答えしか帰ってこないのだ。

 ”だったら、こんな状況だったらどうする? もしも、こんな状況に陥ったらどうする?” とさらに聞く。

 この時に、複数の答えを用意している外科医。そいつは有能だ。



 私は、手術の前に、本人や家族にいつもこう言う。

 ”任せてください。絶対に確実な手術をします。”

 この発言には同僚からも賛否両論がある。

 手術には絶対なんて事はあり得ないと。

 しかし、それでも私は”絶対”という言葉を使う。

 それは、自分の腹をくくり、自分を戒める為であり、患者とその家族の不安を除去する為である。

 そう、我々、日本人外科医にはそう言いきって良いだけの技量がある。

 私はそう確信している。



 さて、先週の金曜日の妻との会話。

 私: なあ、明日の土曜日、当直やな! 日曜日は自由や! 日曜日、USJでも行くか? 子供達も楽しみにしてるやろ!

 妻: ・・・・・・、いつもそう言う(当直開けにどこかに遊びに行こうと言う)けど・・・。期待せずに待ってます。心配しないでください。


 そう、妻の予言通り、今日、昼前に帰って来た私は風呂に入った後、寝ちゃったのだった・・・。

 ごめんね・・・。


 その後、1時間の仮眠をとって、昼食を自宅で摂取して買い物に出かけた。

 近くのショッピングモールに行き、家具屋を散歩していたら・・・。

 なんだか聞いた事のあるような声が聞こえる。

 その声がする方を見てみると・・・。

 なんと、ミネソタで同じアパートに暮らしていたY先生ご一家だった。

 彼は岡山で働いているのだが、新居に引っ越すので家具を買う為に神戸に来ていた。

 なんと言う偶然。

 息子さんも、大きくなっていた。

 人生とは、偶然とは、不思議なものだ。


 そう、我々は今を生きている。