当直開け

 2月6日、雨

 週末の土曜日から体調が良く無かった。

 発熱、関節痛、全身倦怠感。

 週末にいつも通り朝回診に行き、いつもと違う私に気がついた後輩が、症状を聞き出しすぐに綿棒を持って来た・・・。

 そう、今、うちの病院では職員にもインフルエンザ患者が続発しており、医者も例外ではなくインフルエンザと診断され次第、強制的に休まなければならないのだ。


 後輩から差し出された綿棒を自分で鼻の穴に突っ込んだ・・・。

 インフルエンザの検査結果は陰性だった。

 ちょっと検査をしたのが早かったかもしれないな・・・、と思ったが、これで予定通り働ける免罪符を得たと安心した。

 でも、体調が良く無いのには変わりがない。念のため、マスクをして患者との接触を最小限にしつつ働く。

 そのまま日曜日。

 当直だった。

 ”当直を代わりますよ” と言ってくれる後輩の好意に謝意を示し、そして拒絶して働いた。

 そして当直開けの今日、月曜日。

 朝、少々真剣な顔で、上司に ”当直開けなので昼過ぎに帰ります。いいですか?” と言うと、”ええよ。・・・・・・・。 あ!やっぱり今日はあかん!”と言われた。

 ”今日はOOが出張に行っておらへんから午後もお前に手術に入ってもらわなあかんねん! そのかわり午前中に休んどいてや!”

 さて、そんな午前中、代診の依頼もなかったのにOO先生のかわりに外来をしていた・・・。

 ”嬉しい事”に開業医の先生方からのご紹介が多数・・・。

 診察をして、検査をして、所見を読んで、手術の段取りをして・・・。これでさらに主治医、執刀医の症例が増えた=喜びが増えた=仕事量が増えた。

 気がついたら昼を回っていた・・・。

 そして、午後から手術に入った。

 いつも不思議に思うのだが、それまでしんどくて身の置き所が無かったこの体が手術に入った瞬間、なにかスクランブルブースト状態にでもなったかのように軽くなるのだ。

 あげくの果てに、手術の山場を超えたところで、つい、いつも通り言ってしまった。

 ”あとはやっときますから!”

 言ってからはっと気がついた。

 俺は阿呆か・・・。大馬鹿野郎か・・・。

 当初の予定では昼過ぎに帰宅し自宅で療養する予定だったのに、今こうして定時の勤務帯を過ぎてまだなお続く手術を引き受けたのだった・・・。

 スクランブルブーストは”スクランブル”であって常用する物じゃないってのに。


 昔からそう。

 いまでも覚えているのが10年ぐらい前の出来事。

 朝から意気揚々と3件ぶっ続けで手術をして、夕方になり手術場の医師控え室にもどりソファーに座ったが最後、立てなくなった・・・。検温してみると高熱。そして検査をしたらインフルエンザだった・・・。


 でも今日は、仲の良い薬剤師さんと世間話をしていてついこう言ってしまった。

 ”いったい、医者を何時間働かせたら気が済むんだよ!!!” てね・・・。

 まあ、うちの病院はこれでもまだ恵まれているんだよね。

 ちょっと人手に余裕があるから頻繁に出張に行けるわけでね。

 そうでない病院が沢山あるんだから。


 いずれにしてもこの命、このスキル、この魂を安売りしてはいけませんよ!!!

 日本の外科医諸君!!!

 なんつったって俺たちは世界最高なんだから。


 でも、頼まれたら断れないんだよね・・・。

 ああ、これがそれの始まりなんだけどね。

 勇気を持ってNo!!!と言うべきなんだろうけどね・・・。

 なんとも複雑な気分だ・・・。

 日本に帰って来て再洗脳されつつあるのかもしれない。