幼き子供の一言

 3月6日、晴れ

 今日は事情があって車で出勤した。

 すると家を出て間もなく、iPhoneがけたたましくなった。

 病棟からの電話だった。

 入院患者の急変を告げる電話。

 ハンズフリーでこんな話をする。

 私 ”それでバイタルはどうですか?”

 当直医 ”バイタルはまだ落ち着いていますが、先ほどノルアドの流量を増やして血圧を保っています。”

 私 ”腹部の所見はどうですか?”

 当直医 ”これこれな状態です。先生が到着されるまで何かしておく事ありますか?”

 私 ”ありがとうございます。間もなくつきますので。そのままで。ただ、緊急手術が必要ですね。その根回しをいくらかしていただけたら助かります。”

 車で移動しているとこうして電話に出る事が出来るってのも大きな利点だな。ロードバイクで疾走していると電話には出られないからな。


 さて、まるでテレビドラマの世界のようだな・・・、と冷静さを保ちつつ、はやる気持ちを抑えつつ安全運転を心がけ、そして病院の駐車場に車を停めた。

 いつもは近隣の民間駐車場に自腹で車を停めているがこのような緊急事態の時は職場の駐車場に停める事が許されている。

 職場に着く頃には、頭の中でシュミレーションが終了し、Plan A, B, Cの3つのプランとそれの枝葉のプランが出来上がっている。

 そして、患者の所に駆けつけると急変・緊急事態を聞きつけた若き優秀な外科医が対応を既に始めてくれていた。



 さて、こんな感じで予定に無い事態が起きる事がこの仕事では頻繁にある。

 定時に帰れそうな時なんか、家を出る時に”今日は晩ご飯を作るからね”なんて余裕こいて家族に告げてから出てくるんだが、誰もそれを信じてはいないし期待する事もあまり無い。

 ”今日もまた緊急手術があって日が変わってから帰ってくるんだろうな” 程度に受け止めているから。

 そう、娘達が寝てから帰る事も多いし、結局家に帰ってこない事もある。


 夕方5時。

 私 ”あの、ごめん・・・。今から緊急オペで今日は帰らないかもしれない。ご飯も作れない・・・。”

 妻 ”分かりました。気をつけてね。”

 そして、深夜の2時に帰ると、ダイニングテーブルに夕ご飯(レンジで温め直せばおいしく食べられるもの)が用意されていて、そして妻や娘達からのメッセージが添えてあるのだった。



 先日、3歳の娘にこう言われた。出勤する私にこう言ったのだった。

 娘 ”おとうさん、いってらっしゃーい。きょうかえってきてね。”

 私 ”・・・・・・・、ありがとう。がんばるわ。”


 こんな話を某科のベテラン医師としていた。

 そのベテラン医師は滅多に家に帰らない。

 3連泊して1日家に帰って、また3連泊して働き続けてっていう生活をずーっと続けている。

 そんな滅多に家に帰ってこない父親に幼い娘さんは朝の見送りの時に玄関でこう言ったそうな。

 娘さん ”またきてねー!!! おとうさん!!! まってるよー!!!”