梅雨入り

 5月28日、雨

 ついに近畿地方が梅雨入りした。

 雨が軽く降る中、ロードバイクにまたがり出勤する。

 朝はのんびりと走るようにしているのだが、それでも職場に着いたら顔とお尻に砂と雨と汗が付着。

 今日は時間がなかったので取り急ぎ顔をタオルで拭いて、手を洗ってから病棟にあがる。

 普段なら朝の病棟業務を済ませてシャワーを浴びてから本格的に一日の仕事を始めるのだが、この仕事、予定外のことが当然のように起きる。

 それから全く休むことなく、何も口に入れること無く、気がついたら夕方の6時。

 当たり前だが、お昼ご飯を食べることが出来ていない。

 4gの砂糖入りのコーヒーを摂取し、さらに働き続ける。

 そして、救急外来の患者の対応をする。

 午後9時頃になり、やっと仕事が終わった。

 空腹感はもう感じない。

 長年外科医をしているとこんな生活も辛いと思うことはない。

 給料が(他の先進国と比べて)アホほど安かったり、まともな休暇が取れなかったり、日本の社会保障制度にあきれたりと理不尽さに腹が立つことはあるが、仕事の内容、職場のスタッフには満足している。


 さあ、帰ろう。

 レインウェアを着て外に出る。

 雨が降っている。

 高輝度のフロントライトとリアライトを点灯し走り出す。

 雨が顔を打つ。

 路面はwet。very slippery。

 フロントタイアが巻き上げた路面の泥が顔を汚す。

 そして、向かい風。

 闘争心が沸いてくる。

 そしてその気分にまかせ、最初の数キロの平坦路を飛ばしすぎた。

 そのまま激坂に突入。

 ・・・・・・・、しまった。脚が残っていない。

 苦しい、もうだめだ。これ以上、速度を上げられない。

 脚が動かない。

 飛ばしすぎた・・・。

 もうだめだ・・・。

 体が動かない・・・。

 止まって休むか・・・。






 心が折れそうになっていることに気がつき、我に返る。






 まだ行けるだろ!!!

 こんなもんじゃないだろ!!!

 泣き言を言うな。

 こころが折れたら負けだろ。

 そう自分に言い聞かせ、動かないと思っていた脚に渾身の力を込める。

 そう、まだ行ける。

 どんどん速度を上げる。

 心拍数は160bpmを超えっぱなし。

 歯を食いしばり雨の激坂を登る。

 その表情、身のこなしはまるで獣の様であったろう。


 なんだか思い出したよ。

 学生時代を。

 空手部で生きていた頃を。

 もうだめだと思っても、まだまだこの身は耐えるんだってことを血を吐きながら、皮下出血だらけの体でボコボコに殴られ蹴られ、そして突き、蹴り、まさに身をもって教わった空手部時代の生活を。

 笑えて来た。

 やっぱりいくつになってもやめられねえ。



 しかし、自宅について自転車を降りた瞬間、思い出した。

 ・・・・・・・、お昼ご飯食べてないんだった。

 完全にハンガーノック

 脚が震える。

 息が苦しい。

 頭がぼーっとする。

 しんどいってレベルじゃない。ただただ苦しい。


 玄関を開けると、妻がタオルを持って待っていてくれた。

 ”風呂はまだいい、何か食べたい”

 泥だらけなんだけど、ダイニングに行って妻が急いで作ってくれたお夕食をむさぼるように摂取した。

 うまい!!!


 そして、30分ほどしてやっと体が落ち着いた。


 今、生きている。

 そのことでさえとても幸せに感じる。