淀川をポタリング
6月17日、晴れ、快晴
梅雨入りしてたよな?
でも、快晴!!!!!
さて行こう、日焼け止めを塗って出発。
今日は東。
淀川まで移動して淀川河川敷を北にひたすら走る。
途中のゲートが多すぎて、気持ちが萎えてくる。クリートをはずしてゆっくりとそのゲートに自転車が当たらないように慎重に通過する。これを何度も何度も繰り返す!!!!!!!!
明石方向の海岸沿いルートや武庫川の河川敷にはこんなゲートは無いのに、大阪の淀川河川敷はゲートだらけ。
車と単車が入らないようにしているんだけど、それが多すぎて。
やっぱ、大阪ってこうなんだろうか?
もうやめて別ルートに行こうかと思ったら前方にいい感じのペースで走る人を見つけたので、距離を保ちつつついていくことにする。
うーん、その人はゲートを越えた途端に踏んでしばらくしたら垂れてきて追いついちゃう感じの人だった。
あ、ポタリングになってない! まあいいか。
90%負荷で巡航してTSSを稼ぎつつ、時々、高負荷で踏んでみたり。
なかなかペダリング効率ってすぐに良くならない。
過去のデータを見てみるとほんのちょっとずつ良くなってきているのがわかるが、いきなり平均ペダリング効率60%なんて値にはならない。
効率的にペダリングするにはこれまで使っていなかった鍛えられてこなかった筋肉をうまく鍛えて使わないといけない。
今日のデータ。
走行時間 3時間46分、距離 91.6km、1616KJ、235.7TSS、平均気温33℃
そう、暑かった。
先月からだいたい毎週、TSSが400を超えるトレーニングをしている。
平日はほぼ別荘暮らしで唯一家に帰る水曜日と土日を使って400以上稼ぐようにしているが。
筋疲労をかなり感じる。
トレーニング後には必ずトリガーポイントのローラーで筋膜リリースをしているので筋肉痛にはならないが、例えば、別荘で起床、顔を洗って起床から10分後に病棟回診をしていると脚の筋肉がうまく動かなくて病棟の床の微妙な起伏でつまづいてしまうのだ(もしも筋膜リリースをトレーニング後にしていなかったら筋肉痛に苦しむだろう)。
筋肉が痛いのではなくて硬い。そんな感じ。
なので、そのつまづいている姿を見て後輩の外科医が「大丈夫ですか先生?」って。
事情を説明すると尊敬の眼差しかつ、呆れ顔。
病棟と医局を行き来するため、階段を上り下りしているとそのうち脚が動き始めて問題ないのだが、朝の起床直後は本当に脚がうまく動かないので要注意。これも別荘暮らしならではかもしれない。
それでもトレーニング量を増やしてからCTLが順調に上昇していることに非常に満足している。でも、もっとトレーニング量を増やしたいと心の底から思っている。自分という個体(遺伝と環境が作り出したこの生命体)の限界を試してみたい、そんな気分。
こんな筋疲労を感じつつ生活を送るのは多分、大学生時代の夏合宿以来かもしれない。
空手道部の夏合宿はそれこそ地獄だったように思う。
筋肉痛と打撲の痛み。夜に部員全員で食事をしていても箸を持つ手がうまく動かないほどの疲労。
腕立て伏せを100回以上何日も続けると、腕の筋肉が硬くなって、肘関節が十分に曲がらなくなることもあった。
そう、箸が口まで届かないのだ(当時は筋膜リリースなんて概念はなかったからね)。
そして、試合が終われば、全身の痛みと顎の痛み。
そう、伝統空手は寸止めのはずなのだが、医学生レベルの大会では相手もうまく寸止めができず、顔面や顎に強い打撃を何度も受けながらの試合だった。なので、顎がやられてしまって、大会後には咀嚼に問題が出ていた。まあ、1週間ぐらい辛抱すれば治っていた。
この筋疲労のおかげで、そんな昔のことを思い出した。
過去、現在、未来。
先祖、自分、子孫。
それが全て繋がっていく。
そして、死によって、自分自身の幕は降りる。
それが、いつなのか分からないが、今を生きることに喜びを感じる。
そんな、今日この頃です。