乳がん

 6月23日、晴れ

 今日も別荘で起床。

 梅雨だけど、快晴。

 別荘から病棟に向かう途中、空を見上げる。

 空が綺麗だ。空気も綺麗だ。

 Beautiful day! って日だったな。


 朝回診。

 部長、レジデントと共に、朝回診。

 術後の患者は皆順調。術前の患者もなんだか晴れの日を迎えたような清々しい表情。

 そして一時医局に戻り、朝食としてシリアルとヨーグルトの混合物を摂取する。

 今日は午前の外来が長引きそうだったので、それに追加して冷凍唐揚げを3個、電子レンジで加熱して摂取。

 その後、外科カンファレンスに参加してから外来診療を始めた。

 いつも通りの外来診療。

 順調な人もいれば、癌が増悪し抗がん剤の変更を要する人もいる。

 それぞれに適切な治療を考え提案し、それの繰り返しを確実に間違えることなく適切に実行する。

 これが外科医として腫瘍医としての務め。某腫瘍内科医は自らのことを”ソムリエ”に例える。

 治療を提供する側である医者としてはこの行為は科学そのもの。

 scienceを患者及びその家族に専門家として提供するのが医者の責務。

 そのために、先日のASCOのプレゼンテーション動画を視聴し関連する文献やガイドラインを確認し、それに続いて続々と論文発表されているデータを熟読し理解し、実臨床に活用するためにそれらの作業を夜間に行う。

 医者には生涯教育が必要なんて日本医師会も言ってるけど、真の意味で生涯教育を自律的に実践できている医者はごく少数だと思う。

 そう、医者にとって医療は科学であり、それをささえるevidenceを常にupdateし続けることがlife workとなる。

 さらにはそのevidenceを生むために研究活動もする。

 Scientist, Surgeon, Oncologist.

 自分の肩書きはなんなんだろう? 時々そう思う。

 名刺に書いてあるのは、”副部長”

 ああ、それって役職のことで、それ以上の価値は何も無い。


 なんだか、何が書きたいのかよく分からなくなってきたが。


 そう、午前の外来が終わり医局に戻ってブラウザを立ち上げたらもう少しで海老蔵さんが会見を開くと。

 ついにその日が来たんだって思った。

 彼のことや麻央さんのことはこれまで報道や彼らのブログから伝え知っていた。

 彼らに関しては”医者”としては、複雑な感情を抱き続けてきた。良い意味でも悪い意味でも。

 しかし、今日、麻央さんが亡くなり、海老蔵さんが会見を開き。

 先ほど帰宅して、その会見をYoutubeで見た。

 医者としての立場で彼女の死去について語るべきじゃ無い。そう思った。

 34歳で死去したのだけれど、海老蔵さんと結婚して彼女は幸せだったのだし、麻央さんと結婚して海老蔵さんは幸せで ”変えてくれた” のだから。

 どんな状況でも人のことを思いやり続けることができた麻央さんは素敵な人だったんだろう。

 そして、その最期の状況をこうして会見で報告した海老蔵さんも立派。

 もう、その治療経過や内容がどうとか、そんなことを語る必要も無いなって。

 人には様々な価値観、生き様があり、幸不幸も人それぞれだし、その多様性がこの世界を生み出し、そして豊かにしてくれていると。





 麻央さんの死去を知って。

 午後の外来はなんだかしんみりしていた。




 さあ、もっと仕事がんばろ。

 癌死を減らす、それが腫瘍外科医の務めなのだよ。