日本の医療を憂う

 12月28日、ミネソタ晴れ

 今日は外気温が2℃ととんでもなく暑かった。車を運転していても雪解け水で車が白く汚れてしまった。

 そして、夕方からいろいろと調べ物をしていたら、こんな新聞記事を見つけてしまった。

 Yahoo! Japanにて”高知新聞” ”医師が危ない”で検索した結果の一番上に出てくる記事です。
 (なぜかこの記事のURLを直接貼ろうとすると”登録できない文字列が含まれています”と表示されてブログ記事の投稿ができなかった)

 高知県にある高知医療センターの脳外科を取材して記事にしてある。

 今、第2部の5まで読んだのだが、読んでいるだけで心拍数が上昇してきて激しい緊張感に襲われたのでひとまず休憩してこのブログ記事を書いている。

 高知医療センターは、さまざまな意味で中四国でも有名な病院だ。そして、私の所属する医局の関連病院である。

 この新聞記事を読んでいて、日本で外科医として働いていた頃の記憶がありありと思い出されてきて、正直言って苦しくなってきた。

 私も1週間の勤務時間が100時間オーバー。月で言うと、余裕で時間外労働200時間オーバーで働いていた時期があった。しかも、時間外手当全くなしで。

 以前はこの激務に耐えていたことを武勇伝として認識していたが、今思うと、あれは異常以外の何物でもない。

 それと同じことが、こうして高知医療センターでも起きている。ってことは実ははるか昔から知っていた。

 私も深夜カルテを書いていたら、いつの間にか椅子に座ったまま寝てしまっていたり、手術中に突然激しい睡魔が襲ってきたので、自分のお腹を殴って目を覚まそうとしたり(本当は顔を殴りたいとこだったが、顔は不潔なので殴れない)。3夜連続で夜間緊急手術をした事だってある。当然、昼間は通常勤務を行っていての3夜連続緊急手術だ。朝からのまず食わずで手術をし続け、低血糖発作(ハンガーノック)で倒れそうになったことも何度かある。同じような状況で働いていた後輩医師が深夜、手術室内の標本整理室の床に倒れるようにして寝ているのを発見したこともあった。深夜詰め所でパソコンに向かって電子カルテを打っていた後輩医師が、突然、動かなくなり心配になって見てみるとその姿勢のまま寝ていた・・・・・、何てこともあった。

 もうずいぶん昔の話になるが、高知医療センター(当時はまだ、高知医療センターとは呼ばれていなかったかもしれない)で働く外科医の先輩と、とある会議でお会いしたことがあった。そのときの先輩は、髪は伸び放題、無精ひげが生え放題でひどい外見だった。私が”せ、せんせい・・・・、どうされたんですか????” とそのひげを指差して聞くと、その先輩はこう答えた。

 ”あー、うーん、これ・・・・・。そう、もう1週間ぐらい家に帰ってないんだ。ずーっと病院にいて・・・・・働いていて・・・・。そう、だからこうなんだ・・・・”

 その先輩は意識朦朧としていて、まるで何日も何も食べていないホームレスのようだった。無論、その時はスーツを着ていたのでホームレスには見えなかったが、そのスーツもクリーニングに出せていないようでよれよれだった。

 

 この高知新聞の記事はぜひ皆さんに読んで欲しいと思う。

 この記事以外にも、ここ数年で過労死した医師を列記したサイトも見つけた。

 私は幸いにも過労死しなかったし、私の同期の外科医たちも皆まだ死んでいない。しかし、私の同期が働く病院で他の科の医師が、過労から自殺したことがあった。

 なぜ、人の命を助けるために世界最高の医療を提供している日本の医師たちがここまでの過労状態で働かなければならないのか。そして時として過労死し、時として自殺しなければならないのか。


 この現状とその理由をよく理解していれば、日本の医療の問題を精神論で解決などといった愚かな考えを持つことは無いだろう。


 日本の病院では医師が、そして看護師たちが膨大な時間外労働をして成り立つことを前提に医療行政がなされている。

 先日、日本の外科医とアメリカの外科医の時給を計算してみたが、約6倍、アメリカの外科医のほうが多かった。

 私と同じキャリアの日本の外科医の”基本給”は月、35万円から40万円である。

 これを時給で計算すると、2000円ちょっとにしかならない。

 そう、高度な技術と知識を有する外科医の時給がこの程度にしかならないんだよ。日本では。

 よく日本の医者の年収は1000万円前後なんてデータを目にするが、これは膨大な時間外勤務や当直業務を行った結果であって、通常業務だけでは年収は400-500万円程度にしかならない。

 そして、好き好んで時間外勤務を行い、自ら好んで過労状態で働いているわけではない。押し寄せる膨大な数の患者、そして少ないマンパワーがこの状況を悪化させているんだ。

 そう、病院側としては医師が膨大な時間外労働をすることを前提でとんでもなく少ない基本給を設定しているわけだ。だって、そうしないと経営があっという間に赤字になり、破産してしまうのだから。破産してしまえばその地域に医療を提供できなくなってしまうのだからね。

 さて、こんなことを書いていると、外科医の時給を上げろなんてことを言っているように聞こえてしまうが、私の言いたいことの本質はそうではない。

 日本の診療報酬を今よりもはるかに増額し、医師や看護師の数をもっと増やしても病院が経済的に運営できるようにして、医師や看護師がもっとまともな人間的な状態で勤務できるようにするべきだと言いたい。先進諸国の状況から判断すれば、少なくとも日本の診療報酬は現状の1.5倍にする必要がある。アメリカのように日本の5倍から10倍にしろとは言わない。


 このような状況で日本の医師たちが働いていることを、ほとんどのマスコミは客観的に報道していない。その点、この高知新聞のこの記事は賞賛に値する。これぞ、まさしく真実!である。

 よく日本のマスコミは診療拒否だとか、たらいまわしだとか、医療ミスだとか医療者側を責める内容を報道するが、その根本的原因を全く考えず、”医は仁術”的な”牟田口症候群”的な発想しかしないことがほとんどである。

 改めて言おう。

 原因は単純明快。

 病院をコンビニ化させてしまったこと。そして、さらにはデパート化させてしまったこと。これは日本国民達の現代文化に問題がある。

 国が診療報酬を異常なまでに低く抑えていること。高度に発達した医療、そしていつでもどこでもその高度な医療を受けられなければ安心できない、満足できない人々。それに応じられるだけの豊富なスタッフを持たぬ貧弱な病院。

 そう、なぜ貧弱かと言うと、診療報酬が低すぎて十分な医師や看護師を雇用することが出来ず、その数少ないスタッフたちに過労を強いて持ちこたえさせようとしているから、貧弱なのだ。医療・看護の質そのものは世界最高であるのに。

 そして、必要十分なスタッフを確保できるだけの診療報酬を国が設定し、今のような主治医制を早急に廃止し、シフト制に移行せよ。私も、たくさんの患者の主治医としてその患者と365日24時間、苦楽をともにし、時には笑顔で握手してその患者の退院を見送り、時には帰らぬ人となった患者とその家族のお見送りをしていたが、現代のように高度に発達した医療では、365日24時間、その状態で働くことは事実上不可能である。


 ぜひ、高知新聞の記事を読んでください。そして、今一度、日本の医療の現状について考えてください。

 このものすごい高知医療センターもね、毎年何億円と言う大赤字なんですよ・・・・。ありえないでしょ・・・・。医師たちはこんなに働いているのにね。