当直中に泣いていた

 8月20日、曇りのち雨。

 昨日、金曜日は当直だった。

 夕方になり、当直の時間となる。病室の空床状況、手術場の状況を伝える電話がかかってくる。

 空床もあり、手術室も使える。

 そう、緊急手術が出来るわけだよ!

 そう思いながら当直を始めた。

 不思議なもんだ。誰も来ない。ちょこっとした外傷は来るが、手術になるような病気の人は来ない。

 受け入れられる時には緊急手術が入らない。

 つくづく感じた。我々はヒトという自然の一部を相手に仕事をしているんだと。


 さて、そんな時、どうするか?

 本を読んだり、調べ物をしたり、テレビを見たり。他科の当直の先生と話をしたり。

 のんびりするわけだ。

 ちなみに、うちの病院は一泊当直をしても、数千円しか支払われない。実際に医療を行った場合は、時給にして3000円ちょっとの賃金が追加で支払われる。なので、何もしていないと朝までずーっと病院にいても、数千円・・・・・。よく当直中に電話相談を受けたりするのだが、これに関しては全く支払い無し。電話だけで夜間に1時間おきに起こされるってこともたまにあるのだが、全く持って無償。

 全くの余談だが、アメリカで働いていた頃、テクニシャン達が休日オンコール on call を当番制で回していた。彼らにはオンコールをするだけで1日100ドル程度の給料の支払いがあった。一方、日本。最近はオンコールの医師にも相応の報酬が支払われるようになった病院が増えて来ている。これはオンコールは”業務命令”であって、賃金の支払い義務があると法律で規定されているからだ。でも、うちの病院ではオンコールに対しては賃金の支払いも無く、当直しても1泊数千円である。

 さて、話を元に戻そう。実は見たいテレビがあった。

 それは、”鳥人間コンテスト

 ほぼ毎年欠かさず見ている。

 飛行機の設計と製造、そしてなんつっても人力!!! human powered!!!

 見ずにはいられない。そんな番組だ。

 さて、見よう。

 まず、寛平ちゃんが非常にしょぼい記録で終わった。

 面白く無いな・・・、あんだけ引っ張ったのにこれか・・・。当然なのか偶然なのか・・・。

 芸人達の薄ら笑いが気持ち悪い。

 寛平ちゃん、エアロセプシーという超名門チームの機体をあっという間に湖に沈めた。

 なんだかね、感動とかってね・・・。寛平ちゃんもかなり体作りに励んだみたいだけど・・・。

 くだらない番組に成り下がってしまったのか・・・。ついにこのbird manも・・・。

 と思ったが、この考えは間違っていた。

 東北大学が出場。

 この東北大学のウィンドノーツ Windnauts これまた名門チーム。

 東日本大震災の被災地、宮城県からの出場だ。

 大学の施設は地震によって損傷を受けたが、今年も出場する事が出来たWindnauts。

 パイロット 中村 拓磨 君。

 離陸の時点から明らかに他のパイロットとくらべて気合いの入り方が違う。

 色白で、頬はやせこけ目もうつろ。

 想像するに過剰なまでの減量を行ったのではなかろうか?

 人力で飛ぶ飛行機にとって総重量は非常に重要。これはロードレース界に置けるヒルクライマー達が細身の体をしている事と同じである。

 減量しつつ心肺機能を保ち、筋力を保つ。究極のトレーニングをしたのではないかな?

 さて、離陸。

 すぐにコクピットGPSが機能しなくなる。無線も使えなくなる。

 迷走し始める機体。

 離陸地点に引き返してしまう機体。

 そんな状況でこぎ続け、自分を鼓舞し仲間を敬い、叫ぶ。

 進路を立て直す。

 そんな頃には体力の半分を使い果たしていた。

 その時点では記録は5kmにも達していない。

 しかし、ここからがすごかった。

 もう、水面ぎりぎりまで機体が降下する。

 誰もがもうこれまでかと思ったが、彼はその度に気力を振り絞りこぐ!

 それを何度も繰り返す。

 そして、ついに脚がつってしまった。

 脚がつる。専門用語では筋クランプという。私も何度もなった事があるが、すぐに動くのをやめて筋肉をのばして治していた。だって、すげえ痛いんだよな。皆さんもあの痛みはご存知だと思う。

 脚がつった中村君。

 こぐのをやめたら機体は水面に落ちる・・・・・。

 どうするか?

 並大抵の人間だったら、あきらめるだろう。

 ちょうど良い言い訳が出来たなって具合で。

 しかし、彼は違った。

 痛みに対して絶叫しながら、なんとそのままこぎ続けたのだった・・・。

 もう、泣かずにはいられなかった・・・。

 眼から大量の涙が、溢れて来て頬を伝って落ちて行く。

 とっさに涙を隠そうとしたが、ふと気がついた。

 ここは当直室。完全個室。

 涙を隠す必要も無い。

 そして、ウインドノーツは他のチームを圧倒する成績を残し、見事に優勝した。


 東北大学パイロット中村君。

 彼は命の重さを知っている。

 東日本大震災で死んだ沢山の命を、魂を背負い飛んでいる。

 仲間への思い、ウインドノーツへの誇りを身にまとい飛んでいる。

 とっくに身体の限界を超えてもなお心は折れず、魂の叫びとともにこぎ続けている。

 語弊を恐れずに言えば、”俺と似ている”

 命の重み、儚さ、強さ。

 それを知っている人間の生き様。

 それを今、見ている。

 並の人間なら、湖面に着水した後に自力で機体から脱出する事も考えてペダルをこぐだろう。

 しかし、彼は違った。そんな事全く考えていない。

 一秒でも一センチでも先に飛ぶ。

 それしか考えていない。

 命が燃え尽きる事を恐れもせずに、戦い続けている。

 薄ら笑いを浮かべながら解説するお笑い芸人と死の恐怖をも振り払い戦い続ける若者。

 今の日本の二つの側面を見たような気がした。




GPSが無いと俺は運転も出来ないのかよ

・エンジンだけは一流のところをみせてやるぜ

・フルパワーだぜ 信じらんねぇ

・対岸は見える、でもこれじゃだめなんだろ?

・俺の人生は晴れ時々大荒れ いいね、いい人生だよ

・風を…風を拾うんだ…!

・押されてる・・・分かってる! うぅぅわあああああ!!

・左足がつってる!!うぅうわあああああああ!!!

・あああ足がああああ!!うっっごけええええ!!

・ああー!痛いっ!

・回れ!回らんかああ!