満室

 11月2日、晴れ

 さて昨夜からの一連の出来事。

 夜遅くまで予定手術があり、日が変わってからは緊急手術をしていた。

 もう午前4時を過ぎた・・・。

 緊急手術を受けた患者の状態も良好で、そろそろ寝ようと思い医局に隣接する仮眠室へと向かう。

 うちの病院は急性期の患者を取り扱う為に存在しており、緊急手術や緊急内視鏡などが多い。

 なので、当直の医者用の仮眠室以外に、男性医師用で6部屋仮眠室がある。

 女性医師用の仮眠室もあるのだが、何個あるかは知らない・・・。入った事無いから。

 さて、普通の病院よりも遥かに多い仮眠室だが・・・、昨夜は満室だった・・・。

 正確に言うとすべて予約済みだった・・・。

 なぜか?

 実は我々以外にも心臓血管外科が緊急手術をしていたのだ。

 その心臓血管外科医諸君があらかじめ仮眠室を予約していたので・・・、私が使える部屋は無かった・・・(とは言っても、心臓血管外科医諸君も朝まで緊急手術をしていたのでその部屋を使う時間はほとんどなかったのだが)。

 はあ・・・。ソファーで寝ようか・・・、家に帰って寝ようか・・・。

 そして、帰宅する事を決意する。

 帰宅。

 就寝。

 起床。

 出勤。


 約2時間寝た・・・。

 そして今日もいつも通りに仕事・・・。


 言うまでもないが、我々の手術には高度な集中力を要する。

 もちろん、いい加減で雑な手術なら集中しなくても出来るだろうが・・・。

 しかし、世界最高の手術をする為には我々日本人外科医は精神を集中し、五感を研ぎ澄まし、手術をする。

 正直に言うが、約2時間の睡眠時間ではそれを維持する自信は私には無い。

 そんな時はどんな手術になるかというと、少々速度は落ちても、絶対に間違いを起こさない安全運転の手術になるのであった。

 例えて言うならば、心身が充実していたら180km/hで確実に曲がれるコーナーが、寝不足では確実に曲がれる自信が無いのでかなり手前で減速して150km/hぐらいで曲がるような感じ。

 一つ言えるのは日本で働く外科医が寝不足で仕事をしていようが、アメリカ人の外科医のように血色良好で仕事をしていようが、必ずしも患者は寝不足で働く日本の外科医を正当には評価してくれないってことだ。

 今でも忘れない。数年前の出来事だ。

 2晩連続で緊急手術で徹夜した翌日、定期の診療(外来および定期手術)を行いその日は当直だったので当直業務をこなしていた。もう2晩寝ていない。夜の2時ごろ、ふらふらで当直室のベッドに横になった。眠りについた瞬間、電話がなる。腹痛を訴える少年が来た。私はと言えば髪はぼさぼさ、ひげもそっていない。その少年の診察に向かう。そうしたら診察中にその少年の父親にこう言われた。”なに眠たそうにしてんだよ、こらぁ!”。私は怒りを抑えて我慢しながら少年の診察を行う。そう、腹痛を訴える少年には何の罪も無い。診察および問診の結果、その少年の腹痛の原因は便秘だった。浣腸して大量に排便した後、その少年は笑顔で帰っていった。そしてその父親は申し訳なさそうな表情をして帰っていった。


 ここら辺はもう既にあきらめている。

 今の日本人の多くは日本の医療従事者達がいかに安い時給で酷使されているかなんて事は知らない。まさか、2晩連続で徹夜で緊急手術をしていたなんて想像もできないんだろう。まあ、当然か・・・。そんな想像力なんか無いもんな・・・。

 いくら私たちが過酷な環境で働いているからと言って、患者やその家族にその事を理解してもらおうとも思わないし、押し付けがましい事は一言も言わない。

 しかし、国民諸君には知っておいて欲しい。

 こうして世界最高の日本の医療は支えられているんだ。


 そう、以前にもブログ記事にしたのだが、うちの病院は夜間は一列(一度に一つ)しか手術が出来ないようになっている。

 しかし、昨夜は違った。

 夕方から心臓血管外科が長時間かかるであろう緊急手術を始めた。

 我々は予定手術をしていたのだが、近隣の病院から緊急手術の依頼の電話がかがって来た。

 もう、すでに勤務時間は過ぎて時間外労働をしている状態で心臓血管外科の手術が朝までかかりそうな状態。

 我々が緊急手術が必要な患者を受け入れてよいかどうか?

 我々外科医はOK。

 麻酔科の先生に確認したらありがたい事に快く快諾してくれた。

 さて、手術場のオペ看の皆さん。

 取り決めでは1列しか緊急手術をしない事になっているのだ・・・・・。

 断られて当然・・・・・。

 しかし・・・、快諾してくれたのだ・・・。

 え??? Noだろ???

 なんで・・・

 Yesなんだ???


 アメリカで働いていた私には彼女達の返答が信じられなかった・・・。


 日本に帰って来て外科医として再び生きて行く事を決心した時から、我々日本人外科医には労働基準法は存在せず、奴隷のような存在だと思っている。

 しかし、彼女達には奴隷のようには働いて欲しく無い・・・。


 さて、2列の緊急手術を快諾してくれた彼女達。

 すぐに、6人ぐらい看護師さんが集合して、話し合っている。

 ”私は今日このまま残って働くから、あなたは朝早めに来てこの手術の準備をして”

 ”わかりました”

 ”じゃあ、私はこの手術を手伝います”

 など、など。


 ”無理を言って申し訳ない” と私は詫びた・・・。


 そして、深夜の緊急手術。

 オペ看の有能な若い看護師さんに

 ”君は今日当直(夜間泊まり込んで緊急手術の対応をする勤務)なのかい?”

 ”いえ違います、日勤でした”

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 すまん。

 そして、ありがとう。

 君たちの献身のおかげで今日も良い手術が出来たよ。

 そして、命を救う事が出来たんだ。


 それと、11月1日の朝からぶっ続けで予定手術に入り、そして私の執刀の深夜の緊急手術にも続けて入ってくれた研修医の先生。

 ありがとう。

 いつか私たち、君たちの献身と異常な勤務状態を日本国民が理解し、そして診療報酬が改善され十分な人員を要して労働基準法を尊守した状態で働ける日が来る事を夢見ています。


 どんな業種でも、過大な時間外労働、そして過労死。

 これは今や日本の文化のようになっている。

 しかし、あえて言わせてもらおう。

 医療従事者もそんな状況に置かれつづけているんだ。

 あなた方のかけがえの無い命を救う我々が、そんな状況で働かされ続けていい訳が無い!!!!! とね。